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【日台】「牡丹社事件」の和解と交流親善を 台湾牡丹郷から宮古島に代表団[06/04]
- 1 :シャイニング記者。φ ★:2005/06/05(日) 12:00:13 ID:???
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台湾牡丹郷から代表ら来島へ/誤解解き、平良市と親善交流図る
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1871(明治4)年、宮古島民69人が台湾近海で遭難し、台湾南部の海岸に漂着した漁民のうち、
54人が原住民パイワン族に殺害された、いわゆる「牡丹社事件」について、
現地・屏東県牡丹郷とパイワン族の代表らが来島し、和解と平良市との提携を目指すこととなった。
3日、訪問団のうち、大武山原住民文化藝術發展協會の巴吉洛克理事長と、
文澡外語学院の楊孟哲助教授が来島し、平良市に概要を説明した。
同事件後、当時の明治政府は清国に賠償を求めるがこれを拒否され1874年、
明治政府は「征台の役」と呼ばれる初めての海外派兵を実施。原住民を制圧している。
説明の席上、巴吉氏は「牡丹社の部落の規則で、同意がなければ村には入れなかったが、
琉球民が入ってきた。祖先が琉球民を殺してしまったことも、
日本が部落に入ってきて討伐したことも残念なこと」と説明。
「お互いの親善関係をいかにつくり、交流していくかを考えている。
経済的、文化的交流はお互いにとってもとても良いことだと思う」と述べた。
平良市は下地学助役、宮川耕次総務部長らが対応。
下地助役が「歴史的和解をして交流を図りたいという趣旨には大賛成」、
宮川総務部長が「互いが誤解しこのような事件が起きた。今後は友好的に進めるべき」と
それぞれ述べるなど、おおむね趣旨を了承した。
計画書によると昨年、台湾で「牡丹社事件130年歴史と回顧 国際芸術研討会」が開催され、
沖縄から沖縄大学の又吉盛清氏らも出席するなか、琉球民族とパイワン族が
互いに事件の誤解を解いて、相互理解や平和を願うことが確認されたという。
訪問団は、那覇市にある犠牲者54人の墓参りをした後、宮古では遺族を訪問、
市側との会談なども予定している。今月16〜19日の来島を見込んでいたが、
市議会など市側の日程が詰まっているため、調整が図られることとなった。
★ ソースは、宮古毎日新聞 [日本] とか。
http://www.cosmos.ne.jp/~miyako-m/news.htm#2
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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
read.cgi ver 05.0.7.8 2008/09/25 アクチョン仮面 ★
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